ブログ

至大荘懇親会

15歳の夏にワープ ファミリー4組が参加
菊友会の真夏のイベント「至大荘懇親会」が、平成14年度も8月24日~25日の2日間に渡って開催された。今回の特徴は「九段ファミリー」。菊友会は88歳から18歳まで幅広い年代の会員を抱えている。今夏の懇親会には56人の会員が参加したが、祖父と孫のカップルや、ご夫婦など「4ファミリー」が加わり、アットホームで、ほのぼのとした雰囲気に包まれた。


 始発の東京駅から外房線「特急・若潮」に乗って、1時間ちょいで上総興津駅(乗車券片道1890円、自由席特急券950円)に着く。そこから、ぶらぶら歩いて20分あまり。トンネルをくぐり抜けると、急に潮の香りが強くなり、眼前に懐かしい守谷の浜辺が広がった。自然と、あのフレーズが口をついて出る。「波どうどうと磯を打ち、さ霧はうすれ守谷なる」―。いっとき、30数年前にタイムスリップした。
 会費は「1泊3食付き」で格安の9000円。見覚えのある正門を通り抜け、右に位置する「天寮」が受け付けだった。会費を払うと「部屋割り表」を渡された。そのプログラムの表紙には「ようこそ、至大荘へ。15歳の高校生にワープし、大いに青春を謳歌しましょう」とある。「至大荘のお母さん」こと、勝俣友子先輩(高8回)の手づくりパンフレットだった。
 1日目はそのプログラムに沿って、午後6時から懇親パーティーが始まった。和・洋・中、ごちゃ混ぜの豪華料理が、テーブルに並んでいる。お酒も、差し入れあり、持ち込みありで、ビール、日本酒、スコッチ、ワイン、焼酎と何でもござれ。56人の参加者は思い思いに飲み、かつ食べながら、懇談の輪を広げた。
 今回参加の最長老は中11回の清水邦利さん。「僕らのころはね、手ぶらで至大荘に行った。学校の方に柳ごうりが用意してあって、それに水泳用具や着替えなどを詰め込んで、先にチッキで送るんだよ。手ぶらだから楽チンだったが、台風の影響で山崩れがあって、エライ遠回りしてね。寮にたどり着いたときはくたくただった」。
 そんな祖父の思い出話しをニコニコ聞いていたのは、高52回の清水厚志君。そう、清水先輩のお孫さんだった。現在、大学3年生の清水君は母校を卒業した今も、現役の至大荘合宿に助手として参加。現役生に「九段魂」をたたき込んでいる。「新入生は至大荘合宿を経て、初めて九段高生になれる」。良き伝統の維持を熱っぽく語ってくれた。
 さて、懇親会は、シリアスな移譲問題も含めて、夜がふけるまで懇談が続いた。ビンゴゲームや花火大会も行われた。祖父・孫の清水カップルに中村夫妻(併設中2回)、野原夫妻(高6回)、長谷川夫妻(高17回)らのファミリー参加で、懇親の密度がグッと深まった。
 やや寝不足気味で迎えた2日目のメーンは「講演会」と「打ち上げバーベキュー」だ。今年の講演会は、高31回の上田淳先生(現中野工教諭)が講師役を務めた。上田氏は昭和54年、九段高を卒業後、筑波大を経て、61年に教師で母校にカムバックした。63年から遊泳部部長として至大荘の遠泳合宿の責任者となっている。「いきいき至大荘」の演題で、現在の生徒たちの至大荘ライフを熱弁してくれた。
 資料によると、戦前の一中時代の至大荘合宿は19泊20日のロング日程。12歳の1年生が午前5時の起床から午後9時の就寝まで、授業、水泳、自習と徹底的に鍛えられる。筆者(高14回)のころは7泊8日だったと思うが、それが5泊6日になり、現在は4泊5日になつている。
 一中名物の赤ふんどしは一部母親たちの根強い反対にもかかわらず、今も継続されている。しかし、高飛び込みは平成10年に廃止された。日程、日課は時代を経るにつれ様変わりしたものの、その根底に流れるものはいささかも変わっていない。
 上田講師は「至大、至高の精神はしっかり受け継がれています。クラス仲間が団結してひとつのことに燃える。その過程で九段魂を培っていく。こんな素晴らしいイベントは九段だけのもので、他校にはありません」と力説した。
 そして、最後は恒例のバーベキューで打ち上げとなる。エビ、イカ、サザエなど海の幸を中心に、ボリュームたっぷりの肉と冷たいビール。日頃のストレスを洗い流す至福のひと時だった。(高14回 佐々木紘一)
ゴルフは糸日谷さん優勝
 夏の至大荘プレゴルフ大会は、8月24日勝浦東急ゴルフコースで開催された。上位入賞者は、優勝糸日谷彰(高9)G88H15.6N72.4、第2位海野暁(高9)G100H26.4N73.6、第3位藤井輝郎(高3)G93H19.2N73.8の各氏。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ページ上部へ戻る