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祝100歳 成田千里初代校長の甥 米津千之さん(中学2回)

米津千之さん近影6月13日、めでたく満100歳の誕生日を迎えた米津千之(よねづ・せんじ)さん。伴侶を亡くされて10年、天風会の仲間が毎年開いてくれる誕生会も回を重ねました。毎日ヘルパーさんが食事作りや花の水やりに来るものの、独居です!
生家は東京・麻布。父は小学校校長、母は小学校教員。父が区議会議員に転身後は家に来客が絶えず、「坊ちゃん、坊ちゃん」と人に可愛がられた幼年時代でした。
さて、母親の姉の結婚相手は、我らが母校の初代校長・成田千里です。甥っ子の米津さんは当然のように開校間もない第一東京市立中学校に入学。そして子供のいない成田家に寄宿して、わが子同然の書生第1号になりました。「伯父さんの家には息子の入学を願って有名人が押し掛けた。学校はまだ校舎もなく、半蔵門の堀の脇にあった高等小学校の間借りで大変だった。でも服装はモダンでね。夏は麦わら帽子、霜降りの服に黒のネクタイ」と往時を懐かしみます。
その頃の一中には名だたる教師陣。スエーデン体操で有名な三橋喜久雄先生はヨガをお母さんたちにも教えて大人気。米津さんが最も影響を受けた當山俊道先生は平安神宮宮司の子息。日本史への造詣の深さ、品のよさに心酔して、先生と同じ国学院倫理学科に進みました。そしてここで大家、筧克彦に学びます。ゼミ生は現役ひとり、外部からの研究者3人。米津さんはこのゼミで、民間伝承論、後の民俗学で卒論を書き総代で卒業。以後、豊島師範、学芸大学、東横女子短大と務め、平成元年の退官まで修身や国文学を教えます。そしてご自身、「偉い先生に習ったことが幸せだった」と。戦後、折口信夫の内弟子を務めた時期もありました。
今は月1回、自宅で塾を開き、教え子や「練馬芋洗い会」の仲間でにぎやかです。午前中は言霊の研修会、午後からは一人ひとりが話し、米津さんの講話。そのあと皆で歌を歌い、4時からはお楽しみの練り合い(飲み会)。
「あるがままに我ある世とし生きゆかば悔いも恐れもなにもなし」。たくさんの人に囲まれて楽しいよと、ご家族いわく「B型人間」が長寿の秘訣とか。昔歌や童謡を歌い継ぐ会を計画中と、日本人の心の道しるべに想いを致す100歳です。

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